ランタン川をさかのぼる 第2日目
チベットパンとオムレツの朝食の後、宿の主人を介してポーターと交渉。250ルピー(580円)+昼食で話しがまとまる。
8時出発気温6度。橋を渡り古いシュブルベンシの町を通って右岸を進む。
ポーターがぐんぐんとばし、ついていくのがやっと。
途中、日本人と思われるカップルを追い抜くが、あとで片方の男性は現地ガイドとわかる。全く日本人にしか見えない。
このカップル以外には現地の人数人とすれ違っただけで、寂しいルートだ。
【起点となった新シュブルベンシの町を振り返る】
途中で丸太橋をわたり左岸へ出て、さらにさかのぼる。
11時頃、シャブルからのメインルートに合流。
ここからは整備された広い道となり、トレッカーもたくさん通るようになる。
12時粗末なバッティでダルバーツ(豆スープ)とタルカリー(野菜カレー)の昼食。
気温14度ぽかぽかと暖かい。高度計は2,320mをさしている。
となりでは、ガイドとコック、ポーター数人を従えた白人カップルがクロスをかけたテーブルで、優雅な昼食をとっていた。
【宿の前で休む。右手前は宿の主人】
昼食後1時間ほどで今日の目的地に到着。
ここは通称ラマホテルというバッティが何軒かかたまった地点で、展望は依然としてよくない。
とりあえず、一番手前のバッティに荷をおろす。
ビール(80ルピー185円)を注文し、ひなたぼっこをしながら息を整える。
今日はポーターの後を必死についてきただけだった。
(注1)
【タダでもらった専用区画】
ここの主人はどうも日本びいきのようで日本人からもらったという八ッケ岳のTシャツを大事そうに着ていた。
宿代を聞くとそのせいか「おまえだけ内緒でただにする」とのこと。おまけに二人用の区画をひとりで使わせてくれた。
ただで泊めてもらうのははじめてだが、ポカラでも山の宿は安かった。ネパールの山間部では宿代をとる習慣がなかったということをどこかで読んだ覚えがある。ただし食事代はきっちりかかる。
【ガイドと一緒にチベット餃子を作るアメリカ人カップル】
夕方までに客が次々と到着。満員となる。
ここの夜は盛り上がった。
どこからともなく酒やつまみが回ってきて、世界友好懇親会状態。
ヤクの干し肉はなかなかいける。
ベルギー人トレッカーのガイドがおもしろいやつで、ボブ・マーリーの「Stand up Get up」を口ずさみながら、ネパール政府をこきおろす。
そんなこんなで夜は更けていったのだった。
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(注1)シャブルベンシから一日ポーターを雇う場合、ラマホテルまでの契約では遠すぎる。
というのは、彼らはその日のうちに自宅に帰る必要があるから先を急ぎすぎてのんびり歩けない。
シャブルからの合流点ぐらいまでが適当だ。 |