「カラオケ物語」 第5話「約束の歌(後編)」
仁木 友信= 平中奈津子=  前回衝撃の事実を知ってしまった平中奈津子。 彼女は今、彼への思いを胸にただひたすら走っていた。目にうっすらと涙をためて 「仁木君の馬鹿!!なんで教えてくれないのよ・・・。」 彼女が走ってる方向に見えるのは・・・、この町の駅。 隣町まで電車で1時間の距離である。彼女は病院の場所を知ってるのだろうか? それはさておき、駅に入った彼女はとにかくダッシュで電車に飛び乗った。 「ドアが閉まります」 プシュー・・・・・・・・ガタン・・ゴトン・・ガタン・ゴトン・ガタンゴトン 電車の中・・・ようやく落ち着きを取り戻した彼女は、走り出した電車の外を じっと眺めていた。ずっと走ってきたせいか、まだ肩で息をしている。 「隣町か・・・遠いなあ・・・。」 しばらくして彼女は座席に座った。すると、何かに気がついたようだ。 (あ、面会時間・・・!もう終わってるかなあ・・・。) でも、いまさら後には戻れない。自分の行動が少し軽率だったことに気づく。 (・・・・仕方ないか・・・せめて仁木君に会えないかなあ・・・。) 電車に揺られて彼女はもう一度窓の外を見た。外はすでに日も落ちていた。 ガタンゴトン・ガタン・ゴトン・・ガタン・・ゴトン・・・ガタン・・・ゴトン 「新高屋〜新高屋〜。お下りの際はお足下にご注意下さい・・・・。」 「・・・ん・・・・もう着いたんだ・・・。」 早く仁木君に会いたいと言う想いとは裏腹に、もの思いに耽っていた彼女は、 この電車の時間が思ったより短く感じていた。 イヤ、自分のとった軽率な行動に少し呆れていたのかも知れない。 少しだるそうな表情。息せき切って電車に駆け込んだ時とは違い ゆっくりと電車を降りる。仁木君に会うことをあきらめたのだろうか? 駅にはありがちな「この町の全体MAP」を見て、病院が意外と駅に近いところに あると知り、彼女は歩いてそこを目指すことに決めた。 駅を出ると外はもう真っ暗、灯りと人と車がその夜の町をにぎわしていた。 「え・・と・・病院は・・・。」 辺りを見渡すと、少し離れたところに「柳川病院」の文字が・・・。 歩くこと10分、ようやく目的地の「柳川総合病院」に到着した。 少し中を覗いてみると病人と看護婦の姿ばかり、お見舞いっぽい人はいないようだ。 「さて・・・どうしようかな・・・。」 覗いた限りでは仁木君もいない。でもこのまま変えるわけにはいかないはず。 ゆっくりと病院の中に入り、受付の方へ・・・。 「あ・・・あのぉ・・・、お見舞いに来たんですけど・・・。」 「ああ・・・申しわけありません。もう面会時間終わっちゃったんで・・。」 「あ・・・そうですか・・・。」 受付に背を向け、ゆっくりと歩き出す彼女。 (せっかくここまで来たのにな・・・。あ〜あ・・・。) その時!! 「ピンポンパンポ〜ン・・・連絡します。仁木友信様、仁木友信様。 用意が出来ましたので、3階305号室に来て下さい。繰り返します・・・。」 「えっ!!」 驚く彼女。受付の方を見ると看護婦がなにやら話している。 「あ・・・あの・・!!さっきのアナウンスは・・・。」 「ええ、月一回仁木君が・・・え?もしかしてあなた、仁木さんのお見舞いに?」 その言葉を聞いて他の看護婦達は、一斉に彼女の方を向いた。 「は・・はい・・・、でももう面会時間過ぎてるんですよね・・・。」 「・・・・・・分かった。部屋分かんないでしょ、案内するからここで待ってて。」 「え・・・?良いんですか・・・?」 質問する暇もなく。看護婦は奥に行ってしまった。 しばらくして、その看護婦さんが出てきて。 「じゃあ、行きましょう。」 彼女は看護婦さんの後に着いていった。 「あ・・・あのぉ・・・本当に良いんですか。こんな事・・。」 「いいのいいの、仁木さんのお見舞いだったら今日ぐらいしか出来ないし。」 「え・・・どう言うことですか?」 「彼女・・・・普段は面会謝絶だから・・・。」 その時また彼女は自分の浅はかさを知った。 (そうか、意識不明の重体だったんだ・・・。そうだよね・・・) 「あ・・!そう言えばさっきのアナウンス、仁木君ってここで何をしてるんですか?」 「何って、彼のお姉さんのお見舞いに来たのよ。」 「面会時間終わってるのにですか?彼も特別なんですか?」 「・・・特別・・・と言うか、彼の場合はあなたの場合とは違うかな。」 「・・・???・・・」 どう言うことなのか、さっぱり分からない彼女。 やがて、彼女らは305号室の前に着いた。彼女がそこに入ろうとすると。 「あ・・だめよ!入っちゃ。ほらここから覗いて・・・。」 近くに窓がある、そこからは中の様子がバッチリと見えた。 中には、ドクターと看護婦が一人ずつ、そして仁木の姿が見えた。 中から声が聞こえる・・・。 「では、後よろしくお願いします・・・。」 頼んでるのは、なんとドクターと看護婦の方だ!・・ (????)彼女はますます訳が分からなくなってきた。 その後二人は外に出て、305号室の隣の部屋に入っていった。 この部屋には、仁木と病人・・・つまり彼ら姉弟だけになってしまった。 すると、中からまた声が・・・・。 「じゃあ・・・歌うよ、姉さん・・・。」 「えっ!!」 思わず大きな声を上げてしまった彼女。あわてて看護婦さんが口を押さえた。 「だめ、静かに!治療の邪魔しちゃダメ!」 (?????・・・・ちりょ〜〜〜?・・・・??????) すると仁木はその部屋に置いてあるCDを動かした。 何か、少し物寂しいような音楽、この曲の前奏・・・・。 彼女にとっては、何度もカラオケで聞かされた聞き慣れたあの曲。     「Over the rainbow」 〜♪〜傷つくのに慣れないでと、冷めた胸に降りしきる雨    もう・・忘れたはずの愛しさが、傘をを閉じたまま雨に打たれてる。        離れていく・・・誰かのぬくもり感じてたよ    きっと・・・追いかけない あなたを愛してた。    振り向かない 焦らない 迷ったりしない    数え切れない誰かの悲しみ抱いて歩いてく。    流れてく町明かり渇いてく涙、素直に笑いたい・・over the rainbow〜♪〜 彼は病人に向かって、まるで話しかけるように歌っている。 その表情はどこか寂しげで、この歌の印象にピタリと合っている。 「・・・歌が・・・治療・・・?」 「うん。私も初めてこの話を聞いたときは、本当にびっくりした。 前に一度彼女の容態が急変した時があって、ドクターでさえもうダメかと思った時 何を思ったか、あの彼が突然歌い出したらしいのよ。そしたらしばらくして 彼女の容態が良くなっちゃって・・・。それ以来彼には『治療』という名目で 月に一回面会時間が過ぎた後にお見舞いに来てもらって、一曲歌ってもらってるのよ。 実際、彼の歌を聴いた後の彼女は、心拍数も、呼吸も、血圧も、全て良くなってる。 凄いわよねぇ〜。もうここの病院の一番の話題になってるのよ。」 「仁木君・・・やっぱりあなたは・・・。」 〜♪〜振り向かない 焦らない 迷ったりしない、    数え切れない誰かの悲しみ抱いて生きてゆく。    流れてく町明かり渇いてく涙、初めて笑えたよ・・over the rainbow〜♪〜 歌い終わりしばらくして隣の部屋から、さっきのドクターと看護婦が305号室に 入っていった。中ではドクターの言葉を聞いた彼の喜んでる様子が見えた。 ドクターとがっちり握手をするのを最後に、再度医者の二人は外に出ていった。 ふぅ、と一息つく仁木。そして姉の方に目を向け。右手を握った。 「姉さん・・・もうあれから2年たったよ・・・。」 彼は話し始めた。話しても返事は帰ってこないのに・・・。 「仁木君・・・。」 ゴン 彼女は窓に顔を近づけすぎて、ついついぶつけてしまった。 「んっ?・・・あ!」 場所は病院の中庭、仁木と平中はそこにあるベンチに座っている。 二人とも何も話さない。そう、まだ仲直りはしてないのだ。 「・・・・・・・・・たっちゃんに聞いたの?」 最初に口を開いたのは仁木の方だった。 「う・・・うん・・・。」 「そうか・・・別に内緒にしてたわけでもなかったしね。 ごめん黙ってて、ちょっと言いづらかったんだ。」 「ううん別にいいの。私が勝手に聞いて、勝手にここに来たんだから。」 「もう一つごめん。君を裏切るようなことをして・・・。」 「・・・・・・それは・・・・・もういい!!」 「えっ?」 「仁木君の歌聞いたら何かすーっとしちゃった。もう許したげる。」 そう、これが彼女の思っていたきっかけ、彼の歌を聞けば自分でも気が晴れると 思っていたのだ・・・って言うか↑の言葉を言いたかっただけかも知れない。 ふぅ・・・でもどうやらわだかまりは解けたようだし。良かったね仁木君。 「ところで・・・どうしてあの曲が約束の歌なの? 仁木君なら、もっともっとうまく歌える曲があるのに・・・。」 すると、仁木は少し黙って。 「・・・ヘタだった?」 「そ・そんなこと無いよぉ。凄く上手いけど他の曲と比べたら・・・。」 「そっか・・・。実は俺・・・あの曲少し苦手なんだ・・・。」 「えっ?苦手だったの・・・?苦手で・・・・あれ?」 驚いた表情を見せる彼女。すると仁木は語り始めた。 「・・・姉さんが事故に遭う4日前、俺、姉さんと一緒にカラオケに行ったんだ。 そしていつものように僕は姉さんにいろんな歌を聞かせてた。 前々から覚えてる曲とか、最近覚えた曲とかね。その中で、僕はあの曲を歌ったんだ。 そしたら・・・もう自分でも分かるくらい凄く下手で・・・。 今まで苦手意識を持った歌なんて無かったのに・・・。 僕は少し愕然としたけど、ここで姉さんが言ったんだ。 『友、苦手な曲をマスターすることほど難しいことはない。 だからこの曲がうまく歌えるようになったら、きっと歌に妥協することもなくなる、 そして自分でも満足できるような歌い手になれるよ。 友、約束して、いつかお前がこの曲を完璧に歌えるようになるって。』 元々姉さんは「Moon child」が好きだったし、もしかしたらただのわがまま だったのかも知れない。でも僕は姉さんの期待に応えたかった。 でも・・・その日を最後に姉さんは・・・で、残ったのは約束だけ・・・。 ・・・・・一度姉さんの容態が凄く悪くなったことがあったんだ。 その時俺、何か姉さんの力になれないかと必死に考えて・・・。 気がついたらあの曲を歌ってたんだ。あのときはもう無我夢中で何がなんだか 分からなかった。でも、そのおかげで容態が良くなったていうし・・・。 姉さんは、僕のためにたくさんの事を教えてくれた。 だから今度は、僕が姉さんを助ける番なんだ。それがどういう形であれ 姉さんのためなら、どんな事でもしていこうと思うんだ。」 「そっか、それが仁木君にとって『約束の歌』を歌うことだったのね。」 「大袈裟なこと言ったけど、歌うだけだしね・・・簡単なことだよ・・・。」 「そんなこと無いよ!きっと仁木君の姉さん、前よりもヘタだったら 容態悪くなると思うよ。歌が上手くなる事って大変な事だよ!」 「そんなこと無いよ・・・。何回も練習してるし。好きでやってることだし。」 「・・・・仁木君。そんな自分のやってることを悪く言わないで・・・。 素晴らしいことなんだよ。人の命を救ってるんだよ!」 ・・・・・・・少しの沈黙 「・・・・そうだね。良い事してるんだし・・・・。」 彼女に笑顔が戻り、ホッとする仁木。 その後、彼らは病院を出て駅に向かった。 ・・・・とは言ってもここは駅前、回りにはいろんな物がある。 そして二人に見えた物は・・・。 「ねぇ、あそこ・・・。」 「えっ・・・ああ・・・。入ろうか。」 「うん。」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 彼らが入っていった所は・・・・・。 「ごめんね・・・どうしてももう一回聞きたくなっちゃって・・・。」 「いいさ・・・僕も練習しときたいし・・・。」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・^^ −ENDー     曲の紹介   「Over the rainbow」  Moon childの曲。  彼らの曲が有名になったのは、きっと「Escape」の時だろう。  彼らはそれ以降でかなりの人気を得たと思う。  しかしこの曲は、それ以前の曲なのだ。  「Moon child」の、あの独特の感じが好きな人にとっては  かなり好まれる曲ではないだろうか。  しかし、カラオケに関して言えば、「Moon child」は意外な難しさがある。  あの声の感じが出せなかったり、意外と高かったり。裏声を使う時もあるし。  仁木にとっては、おそらく自分の声質にあわなくてかなり苦労しただろう。  どんな曲でも歌う事で、カラオケを極めると言うことは、大変な事なのだ。


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