興宗寺 福井市松本3−11−19 電話0776−22−2789
 当寺は今から七百余年前、正元元年(1259)越前の国、長畝(のうね)村但馬(現在の福井県坂井郡田島)に建立されました。
 開基は行如法師。俗姓は但馬の国の住人、北条弥二郎宗之といい、時の鎌倉執権北条時政の玄孫であります。親鸞聖人の直弟子で、始めは行念といいましたが、承応三年覚如上人(21才)が三年間にわたって祖跡を巡拝された間、御本廟の留守識を拝命し、無事にその大役を頂戴して行如と改めました。
 それから五年の間、吉崎に本願寺ができて非常な繁盛を来しましたが、たまたま、大野の城主、朝倉経景が吉崎を攻めるとの沙汰があって、文明七年(1475)九月四日、蓮如上人は俄に塩屋の浦を船出して、海路、若狭の小浜へ退出されることになりました。
 その時、上人との別れを惜しんで吉崎に慕い寄る御同行に、お別れの形見として頂いた「六字の名号」を松にかけて拝ませました。これを「松懸けの名号」と称して、現在、当寺に宗宝として残っています。